平成20年1月1日記
あけましておめでとうございます。
世界的指揮者の小澤征爾さんが、過労のため、帯状疱疹を発症し休養したことがありました。過労の原因は、「歳をとったら教えることが好きになり、仕事の量を減らさずに、休暇の時に教えていたため」というようなことを言っておられました。
小澤さんはなぜ、教えることが好きになられたのでしょう?それは、後継者が欲しくなったためではないかと想像します。ご自分の技術、つまり生命を後世に伝えたいと考えるようになられたのだと思います。自分が死んでも、自分の生命は後継者に受け継がれ、それがまた伝えられれば、永遠に生き続けることができます。
私たち僧侶も弟子を育成することはたいせつな勤めです。私の師匠は、「弟子がいないものは禅僧として失格だ」としばしば申しておりました。そんな私にも弟子ができました。二男坊の大倫の得度式を昨年の十月十三日に勤めることができ、私にとっては嬉しい限りで、昨年最大のできごとでした。まだ十五歳の子どもです。山のものとも海のものともわかりませんが、仏弟子としてたいせつに育てていきたいと思っています。
育て伝えるといえば、今年七百年の遠忌を迎える永平寺の三世、徹通義介(てっつうぎかい)禅師を忘れることはできません。道元禅師から瑩山(けいざん)禅師へと曹洞宗を手渡したのが徹通禅師です。
徹通禅師は永平寺で献身的に務められましたが、道元禅師から「老婆心(ろうばしん)」が足りないことを諭されます。「老婆心」とは、老婆のような行き届いた親切心のことです。
結局、徹通禅師は永平寺を出てしまうことになります。永平寺を出られた徹通禅師は、弟子瑩山禅師を伴に加賀に移られ、大乗寺を開創されます。この瑩山禅師が総持寺を開かれ、現在の曹洞宗の基礎を作ります。
道元禅師の仏法が現在に伝えられたのは、永平寺を去られたにもかかわらず、瑩山禅師というお弟子を育てられた徹通禅師のご功績に負うところが少なくないと言ってよいでしょう。
本年もよろしくお願い申し上げます。