『法句経(ほっくきよう)』の第一番目と第二番目の詩句についてお話ししたいと思います。
一、意(おもい}は諸法(すべて)にさき立ち
諸法(すべて)は意(おもい)に成る
意(おもい)こそは諸法(すべて)を統(す)ぶ
けがれたる意(おもい)にて
且(か)つかたり 且(か)つ行わば
ひくものの跡を追う
かの車輪のごとく
くるしみ彼にしたがわん
二、意(おもい)は諸法(すべて)にさき立ち
諸法(すべて)は意(おもい)に成る
意(おもい)こそは諸法(すべて)を統(す)ぶ
きよらなる意(おもい)にて
且(か)つかたり 且(か)つ行わば
形に影のそうごとく
たのしみ彼にしたがわん
(以上、友松圓諦訳)
アインシュタイン(二十世紀最大の物理学者のひとり、相対性理論等で有名)とタゴール(インドの詩人、アジアで最初のノーベル文学賞受賞者)の有名な対話をご存じでしょうか。
この対話は、1930年、アインシュタインのベルリン・カプートの別荘で行われたものです。
タゴール「この世界は人間の世界です。世界についての科学理論も所詮は科学者の見方にすぎません」
アインシュタイン「しかし、真理は人間とは無関係に存在するものではないでしょうか? たとえば、私が見ていなくても、月は確かにあるのです」
タ「それはその通りです。しかし、月は、あなたの意識になくても、他の人間の意識にはあるのです。 人間の意識の中にしか月が存在しないことは同じです」
ア「私は人間を越えた客観性が存在すると信じます。ピタゴラスの定理は、人間の存在とは関係なく存在する真実です」
タ「しかし、科学は月も無数の原子がえがく現象であることを証明したではありませんか。あの天体に光と闇の神秘を見るのか、それとも、無数の原子を見るのか。もし、人間の意識が、月だと感じなくなれば、それは月ではなくなるのです」
(『光と闇の迷宮 量子力学のミステリー NHKアインシュタイン・ロマン』日本放送出版協会、1991年))
タゴールのことばは、釈尊(お釈迦様)の考え方そのものです。
私の外にものが存在するのは確かです。しかし、私がいなくなれば私にとっての世界はなくなります。
私が存在し、認識してはじめて世界が存在するのです。この世界は私の「心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される」のです。
私の心が私の世界を創り出し、変化させるのです。
私が考えたように世界は変わり、私も変わるのです。
なろうと思っているような人間に私はなるのです。
なりたい人物像を持つべきです。
そのために、人生に目標を持つことが大切です。
一生かけて行うこと、10年くらいで達成すること、3年くらいで、1年で、1か月で、1週間で、1日でという具合に、目標を持って実践することが必要です。
一度しかない「私」の人生です。悔いなく生きたいものです。
※これは、メールマガジン「読むと幸せになるメルマガ!」の第二号と同じ内容です。
平成17年8月1日記
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