子どもたちの不登校やいじめ、果ては殺人などの凶悪な暴力事件が後を絶ちません。それどころか、おとなに成りきれないおとなたちによる凶悪事件も頻発しています。
これらに共通しているのは、他人との関係、関わり方、つき合い方のまずさ、稚拙さです。それは、結局他人の気持ちがわからないことによるのだと思います。
友だちと面と向かって話すより、携帯電話で話す方がよいという若者が増えていると聞きます。
私たちでも、電話なら言えるという場合があります。しかし、それは内容が相手にとって受け容れがたかったり、ずうずうしいことを依頼したりする場合であって、親しい友だちとの会話はやはり顔を突き合わせて、相手の表情、身振り手振り、姿勢や服装などを見ながらでないと楽しさも半減するような気がします。
携帯電話での会話と面と向かっての会話との違いは、お互いの立ち居振る舞いが見えるかどうかです。この立ち居振る舞いを、日本の文化は大切にしてきたはずです。
ちょっと考えてみても、古典芸能やお稽古ごと、各種武道など、まず立ち居振る舞いの「形」を徹底的にたたき込まれます。たとえば、茶道は合理的で無駄のない洗練された動作の「形」にその真髄があるのではないでしょうか。
短歌や俳句を詠むというのも、身体全体ではありませんが、口や手を使って行う立ち居振る舞いであり、音の数や枕詞、季語など修辞的な「形」が決まっています。
実例を上げればきりがありませんが、このように日本の文化は「形」を大切にしてきましたし、その「形」が日本文化のいのちなのだと思います。
実は、永平寺での修行でも、まず「形」を徹底的に教え込まれます。それは、「威儀即仏法」と言われます。
「威儀」は一般には「いぎ」と読みますが、私たちは「いいぎ」と読み、服装の種類やその着方、着用の様子、また身体の動かし方・立ち居振る舞いを言います。
つまり、日常の姿形・立ち居振る舞いが、そのまま仏の教えであり、仏の教えを実践することだというのです。
法衣・お袈裟の着け方から始まって、坐禅の仕方、礼拝の仕方、お経のあげ方、食事の仕方、手洗いの使い方、風呂の入り方、掃除の仕方、挨拶の仕方、電話のかけ方、就寝にいたるまで、一日二十四時間、一年三百六十五日の進退作法をみっちりと仕込まれます。
三月に永平寺に上山し、初めてお盆に帰ってきたとき、亡くなった師匠は、私の合掌の仕方を見て、「お前も僧侶になったな」と喜んでくれたものです。
ところで、そんな形ばかりを追いかけていて、宗教的な精神性は養われるのか、といぶかる向きもあろうかと思います。
しかし、宗教は思想ではありません。実践が伴ってこそ宗教であり、生活そのものが宗教です。
また、理解するというのは入力と出力が自動車の両輪のようなものです。情報を脳に入力し、その情報をもとに実際に行うという出力ができて初めて理解したということになります。「できて」初めて「わかった」ということになるのです。
数学や哲学などは、頭の中だけで情報の入出力をしていますが、一般には出力は身体の処し方、日常の立ち居振る舞いという形になります。したがって、頭の中で考えていることが立ち居振る舞いという形で外に現れるわけです。
「人の気持ちがわかることが大切だ」とよく言われます。しかし、人の気持ち、つまり人の頭の中を直接見ることはできません。その人の気持ちは、その人の表情や動作などから推定するしかないわけです。そして、こういう表情や動作をしているとき、人はどのような気持ちでいるのか、ということがわかるには、自分が同じような表情や動作をしているとき自分の心はどうなっているかを知らねばなりません。
しかし、残念ながら自分のことを見ることはできないのです。そこで、他人と同じ動作、立ち居振る舞いを行い、そのとき自分はこういう気持ちでいるから、他人も同じような気持ちなんだろうなと推定するしかないわけです。つまり、「形」を追体験することによって、たとえば同じように行じてきた過去の仏や祖師の気持ち、悟りを理解するということになります。
永平寺で「威儀即仏法」というのはこのような意味なのだと思います。
小さいときは、友だちと一緒にお遊戯をしたり、前ならえをして整列したり、家庭では同じものを同じ食卓について、家族一緒に手を合わせて「いただきます」と食事をいただいたり、同じことをするというのが貴重な経験だったのだろうと思います。
個性が重んじられる現代ですが、その前に他人と同じ動作、立ち居振る舞いを体験することにより、人の気持ちのわかる、もちろん完全にわかるなどというのは傲慢のきわみですが、少しでもわかるということが今必要とされているのではないでしょうか。
平成15年8月1日記
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